アリランセンターの勉強会に行こう ――1923関東朝鮮人大虐殺を記憶する行動に参加してみよう

はじめに

 自由で闊達な議論の場があります――。
 その場をただ見守る立場と、「ただし共生を目的とする」と但し書きをする立場は必ずしも一致しません。なぜなら前者は、ヘイトスピーチや差別発言を容認するからです。
 私は、それらは遮断だと思います。
 たとえば在日コリアンを標的にするヘイト街宣で、彼らは優遇されている、――いまや日本人のほうが被害者だと訴えるデマが拡散されることはよくあります。ヘイトスピーカーが、自分達こそ弱い立場だというストーリーを偽装することは常套手段です。――ヘイトスピーカーは、自分達の良心や暮らしを在日コリアンに踏破されかねないと誤解しているのです。そのうえで合理的に遮断しているのです。
 しかし、彼らを在日コリアンという単線で囲う機会はそう多くありません。日本人社会で成功を収めたり、平凡を勝ち取ったりした在日コリアンは多く、被差別者としての彼らを定義することは、良くも悪くも難しくなっています。在日コリアンの生活保護受給者世帯は1950年代をピークに減少を続けています。――ここで在日コリアンは日本人社会に融和したか、融和せず人的基盤として残存するかは判断が難しいです。他ならぬ彼らの望みも様々だからです――。「在日同胞」という価値観を重んじる者もいれば、「戦争で負けて日本人ではないと言われた」と主張する者もいます。

政治的というよりはむしろ人間的な課題

 日本の植民地支配の歴史や現代の政治政党の発言に対する温度差も様々です――。日本の右派ポピュリズム政党としては、――日本人が日本史を肯定して何が悪いのか? ということです。戦争当事国として反省する立場にあるという外交史観を、「自虐」「胸を張れない」と感じる日本人のフラストレーションに寄り添う政治団体がある。

 吉屋敬の随筆「アイムソーリー」は、オランダ留学中の筆者の実体験です。第二次世界大戦中の日本軍による占領の記憶を持つオランダ人女性から突然非難されます。筆者は「アイムソーリー」と謝罪します。そんな体験を描いた随筆です。若かった筆者は、自分自身は戦争を知らない世代でありながら、「日本人」であるというだけで歴史の責任を問われます。作品は、個人と国家、加害の記憶、他者との向き合い方などを読者に考えさせる内容になっています。
 中学校の国語教材としても使われ、「自分ならどう答えるか」がよく議論される作品です。

 戦争当事国としての立場とは、政治的というよりはむしろ人間的な課題だと思います。
 右派ポピュリズム政党に対してカウンターになる左派政党はいくつもありますが、――彼らもまた少し違うわけです。政治団体は政治をするのが生業だから仕方がないですが、政治団体が取り扱った議論を「政治問題」というのは少し危険です。「〇〇は政治の問題になった」というと常識的な目線で要は大事になったということです。しかし一度政治団体の手に渡ると、彼らが政治団体として成功を収めることが一大目標に挿げ替えられてしまう。
 政治団体と具体的な解決をする人達とは水と油の関係にあります。政治団体はあくまで政治目標の達成、――野党であれば現政権に対する政治的踏破を最大目標に掲げています。具体的な解決をする人達は、要はほどほどのところで理解されている状態を望んでいます。
 戦争当事国であることを人間的に乗り越えるというのは、自分の人間性で処理して「これは出来ました」「これは出来ません」というのを正確に伝える腹の括り方だと思います。たとえば「私は兵士ではありませんでした」でもいいと思いますし――。「あの頃の日本国政府の代わりに私が謝れたら幸いです」でもいいと思いますし――。

在日コリアンとのタッチポイントとしてのアリランセンター

 東京都内で在日コリアンと接点を持ちたければ――、新大久保駅から徒歩七分の場所にある、――高麗博物館と同じ建物の最上階にアリランセンターがあります。そこで在日コリアンと接点を持つことができます。月に一回、勉強会が開催されています。コリアンタウンの南に位置しています。

1923関東朝鮮人大虐殺を記憶する行動

 勉強会を主催する団体の中に「1923関東朝鮮人大虐殺を記憶する行動」という団体があります。彼らは日本人に謝罪や賠償を求める団体ではありません。ただし政治によって、そのような出来事はなかったとされることには敏感です。――日本人であると胸を張りたい有権者に対して、大衆迎合的な政治が行われ続けているわけですから、記憶する行動とは大変な意義があります。

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